有田
佐賀県有田町
佐賀県有田町は、日本の磁器発祥の地とされます。1616年、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に日本へ 連れてこられた陶工の一人、李参平が、有田近郊の泉山で磁器の原料となる陶石を発見し、 それまで中国や朝鮮からの輸入に頼っていた磁器を、日本国内で初めて焼けるようになったと 伝えられています。
有田焼を代表するのが、藍色の顔料で絵付けをしてから透明の釉薬をかける染付で、中国の 染付磁器の技法を取り入れて発展しました。その後数十年のうちに、白い素地に落ち着いた意匠を 描く柿右衛門様式や、鍋島藩の御用品として商業的に売られることなく将軍家等への献上品に 限られた鍋島様式など、色絵の技法も生まれました。
有田の輸出が本格化したのは、1640〜50年代に中国が明清交代の内乱で磁器の生産・輸出が 止まり、当時強い需要があったヨーロッパへの供給元がなくなったことがきっかけとされます。 17世紀半ば以降、有田の磁器は近くの伊万里の港からオランダ東インド会社を通じて大量に ヨーロッパへ輸出された(具体的な出荷点数は資料により差がありますが、17世紀後半を通じて 数十万点規模に達したとされます)。ヨーロッパでは 積出港の名にちなんで「伊万里」として知られるようになり、有田に鉄道が通って産地から 直接出荷できるようになる1897年まで、この呼び名の違いが続きました。現在は1977年に「伊万里・ 有田焼」として国の伝統的工芸品に指定されています。