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九谷焼とは何か|五彩の色絵と空白の一世紀を徹底的に解説する

九谷焼産地磁器

磁器 の中でも、ひときわ力強い色使いで 知られるのが九谷焼です。その様式がどう生まれ、なぜ一時途絶えたのか、買うときに 何を確認すればよいかを説明します。

九谷焼の始まり

九谷焼の歴史は1655年、加賀藩の支藩・大聖寺藩の初代藩主、前田利治が、 近郊で磁器に適した陶石が見つかったことをきっかけに九谷村に窯を開いた ことに始まります。後藤才次郎ら窯の職人は、当時すでに日本の磁器の先駆けと なっていた有田へ渡り、まず磁器作りの技術を学んだ とされます。しかしそこで学んだ技術をもとに、九谷は有田の藍色一色の 染付 とは異なる、緑・藍・黄・紫・ 赤を使う力強い上絵付けという独自の様式を築いていきました。有田と九谷の 違いについては 有田焼と九谷焼、何が違う?でも 詳しく比較しています。

五彩手、2つの表情

九谷焼を特徴づけるのが「五彩手」です。緑・藍・黄・紫・赤の絵の具を、 立体的に感じられるほど厚く盛るように塗る上絵付け の技法になります。もっとも古い時代(古九谷と呼ばれる)の中でも、この五彩の 使い方は2つの様式に分かれていました。

  • 色絵(いろえ): 赤を含む五色すべてを使い、絵画的で密度の高い 文様を描く様式です。
  • 青手(あおで): 赤をあえて使わず、緑・黄・紺青・紫を中心に、 器の表面をほぼ覆い尽くすように塗り込める様式です。

古九谷は本当に九谷で焼かれたのか

これは美濃焼と瀬戸焼の違いで扱った、 志野・織部が実際には美濃で焼かれていたのに瀬戸の名を冠しているという 逆方向の帰属の見直しと近い構図です。どちらも、近代の発掘調査・材料分析が 古い通説を書き換えたという点で共通しています。

約100年の空白とその後の復興

1710年前後、九谷の元の窯は生産を止めました。理由ははっきりしておらず、 密輸への関与を疑う説も語られますが裏付けとなる記録はなく、諸説ありますが 決定的な説明は残っていません。理由が何であれ、九谷焼はその後約100年に わたり作られない時期が続きました。

復興が始まったのは19世紀前半から半ば、加賀藩の後ろ盾を受けたいくつかの 新しい窯によってでした。もっともよく知られるのが、1824年頃、豪商・ 豊田伝右衛門によって開かれた吉田屋窯で、赤を使わない青手様式を よみがえらせることを目的にしていました。吉田屋自体は経営難により約7年で 閉窯しましたが、窯を管理していた宮本屋宇右衛門が自らの名で窯を継続させました。 この復興期に作られた九谷焼は「再興九谷」と呼ばれ、この時期があったから こそ、色絵・青手の両方の様式が、今も作り手の手本として受け継がれています。

今日の九谷焼

現在の九谷焼作りも、他の日本の磁器伝統と同様、成形・絵付けを別々の 専門家が分担することが多いです。ある工房が白磁の素地を成形・焼成・施釉し、 別の絵付け専門の工房が上絵付けを施したのち、低温でもう一度焼き付けます。 成形から絵付けまで一貫して手がける窯もあり、九谷錦山窯などがその例に あたります。

金沢・小松・加賀・能美一帯では、あらかじめ焼いた白い器に自分で絵付けを して、あとからプロの窯で焼いてもらう体験工房も開かれており、能美市の 九谷焼美術館では伝統の歴史を通観できる作品が展示されています。一つの 狭い谷に結びついた様式でありながら、今も見て・触れて楽しめる工芸で あり続けている点が、九谷焼を単なる歴史の1ページに終わらせていない 理由になります。九谷焼は1975年5月10日、会津塗・輪島塗と同じ日に国の 伝統的工芸品に指定されています。この偶然の一致については 会津塗と輪島塗の違いとはで触れて います。

買うときの見分け方

  • 色の厚みと質感を確かめる: 指で軽くなぞると、密度の高い色絵・青手 ほど、色がわずかに盛り上がっているのを感じられることが多いです。
  • 赤があるかどうかを見る: 赤を含む五色すべてが使われていれば色絵、 緑・黄・紺青・紫が中心で白地がほとんど見えなければ青手にあたります。
  • 「九谷」は様式名であり、必ずしも単一の工房を意味しない: 現在の 九谷焼は金沢・加賀・小松・能美一帯の多くの独立した窯・作家によって 作られています。特定の窯や作家名が併記されていない限り、様式名として 捉えます。
  • 「九谷」と「古九谷(骨董)」は別の買い物: 本物の古九谷・再興九谷は オークション価格の付く収集品です。日常使いとして売られている九谷焼の 多くは、同じ様式を受け継ぐ現代の作品になります。

窯の名前(青郊窯)が書かれている九谷焼の例です。

九谷焼 フリーカップ 猪口 名品コレクション(青郊窯・全12種)

九谷焼 フリーカップ 猪口 名品コレクション(青郊窯・全12種)

2,640円 (確認日 2026年10月8日)

送料 800円合計 3,440円 (楽天市場)

  • 九谷焼の全12種類から絵柄を選べるフリーカップで、径8.0cm、高さ6.5cm、容量200mlです
  • 九谷焼専門店の商品です

五彩手のうち、青手の皿の例です。

色絵の豆皿を、31種類から選べる例です。

よくある質問

九谷焼の一番の特徴は?

緑・藍・黄・紫・赤を使う力強い上絵付け「五彩手」です。有田の藍色一色の染付とは対照的な、厚みのある色絵が特徴です。

色絵と青手の違いは?

色絵は赤を含む五色すべてを使う様式です。青手は赤をあえて使わず、緑・黄・紺青・紫を中心に器の表面をほぼ覆い尽くすように塗り込める様式です。

九谷焼はなぜ100年近く作られていない時期がありましたか?

1710年前後、元の窯が生産を止め、理由ははっきりしないまま約100年間作られない時期が続きました。19世紀前半から半ばにかけて、吉田屋窯をはじめとする新しい窯によって復興しました。

九谷焼は食洗機・電子レンジに使えますか?

色のついた上絵付けは釉の上にあるため摩耗しやすく、手洗いが基本になります。食洗機・電子レンジの繰り返しの熱にも、単色の染付ほどは強くません。

古九谷は本当に九谷で作られましたか?

近年の発掘調査・材料分析では、古九谷とされる磁器の多くが実際には有田周辺で作られていたことが分かってきています。九谷という名称・加賀藩の後ろ盾は史実ですが、実際の産地については見直しが進んでいます。

まとめ

九谷焼は、1655年の開窯後、有田に技術を学びながら独自の五彩の上絵付けを 築いた磁器です。色絵・青手という2つの表情を持ちながら、1710年前後に生産が 途絶え、約100年後に吉田屋窯をはじめとする窯によって復興しました。上絵付けの 色は釉の上にあるため、日々のお手入れは手洗いが基本になります。