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あんことは何か|もとは塩味だった歴史と作り方を徹底解説する

あんこ小豆基礎知識

もし和菓子を代表する1つの材料を 挙げるなら、それはあんこ になります。 大福を包み、どら焼きの2枚の生地の間に挟まり、饅頭を満たし、羊羹の すべてを形作り、柏の葉に包まれる柏餅にもなります。しかし、今日誰もが 思い浮かべる、甘くなじみのある餡は、最初から今の姿だったわけではありません。

あんこは最初から甘かったわけではない

あんこは鎌倉時代(1185〜1333年)に中国から日本へ伝わりました。もとは 中国式の饅頭の詰め物で、肉と野菜を使うものでした。中国へ渡り、この 伝統を持ち帰った禅僧たちが、仏教の戒律に従って肉の代わりに小豆を用い、 甘みをつけるのではなく塩味に仕上げました。この塩味の豆の詰め物は、のちに 饅頭・羊羹という独立した菓子へと発展していく、寺院の朝食の伝統の一部に なりました。

あんこは実際どう作られるか

あんこ作りは、乾燥小豆を戻して煮ることから始まります。甘みをつける前に、 ほとんどのあんこは「渋切り」という渋み抜きの工程を経ます。豆を煮て、 煮汁が濃い赤茶色になったら一度捨て、新しい水でまた煮ます。これを1回から 4回ほど繰り返します。回数を重ねるほど渋みの少ない澄んだ味になりますが、その分 豆本来の色や風味も失われるため、作り手はこの2つのバランスを取りながら 回数を決めます。

豆が十分に柔らかくなり、渋みが調整できたら、砂糖を加えて好みの濃度まで 煮詰めます。伝統的なレシピは、砂糖と豆をほぼ1対1の重さで使うことが多いですが、 作り手によっては求める甘さや必要な日持ちに応じて、豆の重さの70%ほどから 120%を超える量まで幅を持たせます。砂糖を多く使うことは、単に甘さのため だけでなく、天然の保存料として働き、出来上がった餡をより長く日持ち させる役割も果たします。ここから先、豆を漉してなめらかにするか、皮ごと 残すかという選択が、 こしあん と つぶあん を分ける分かれ道になります。 この違いは こしあんとつぶあんの違いとはで 詳しく扱っています。

こしあんなどを食べ比べられる、製菓用のあんこの例です。

富澤商店 極上あんこ 3種お試しセット(こしあん・白こしあん・小倉あん)500g×3

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饅頭の詰め物になった経緯を示す具体的な記録

禅僧が肉を小豆に置き換えたという大まかな物語を、実際の出来事として 裏付ける、よく記録された1つの事例があります。1349年、林浄因(日本では 林淨因とも表記される)という中国人が、禅僧・夢窓疎石に同行して奈良へ 渡り、中国式の蒸し饅頭「饅頭」のレシピを持ち込みました。仏教の戒律により 肉の詰め物を使えなかったため、小豆餡に甘葛(あまづら、天然の甘味料)と 塩を加えた詰め物に置き換え、店を開いて売り出したところ、これが「饅頭」 として広まりました。当時の砂糖が普及する前の甘味料を使った、塩気も残る 詰め物であり、江戸時代以降の甘いあんことは別物になります。評判はすぐに広がり、 やがて皇室にまで届いたと伝えられます。奈良の漢国神社(林神社としても 知られる)では、今も毎年、彼を讃える饅頭祭りが開かれ、全国の菓子 職人が自らの菓子を奉納しています。

小豆が選ばれた理由

小豆の赤い色には、日本で実際に大きな文化的な重みがあります。伝統的に 縁起の良さや厄除けと結びつけられてきた色になります。この象徴性がもっとも 直接に表れているのが赤飯で、小豆を炊き込んだ、赤みを帯びたおこわで、 出産・結婚式・正月といった祝いの場で食べられる塩味の料理になります。和菓子に 使われるあんこも、縁起の良い赤飯も、どちらも小豆の色と幸運を結びつける 同じ考え方に根ざしており、一方は甘く、もう一方は甘くないという違いが あるだけになります。

よくある質問

あんこは何からできていますか?

小豆を煮て、甘みをつけて(通常は砂糖)、皮ごと漉してなめらかにするか(こしあん)、皮を残して粒感を残すか(つぶあん)のどちらかで仕上げます。

あんこは最初から甘かったですか?

甘くませんでした。あんこは鎌倉時代に中国から塩味の詰め物として伝わり、禅僧が中国式饅頭の肉の代わりに小豆を用いました。甘いあんこが標準になったのは、江戸時代に国内の砂糖生産が広がってからです。

渋切りとは何ですか?

あんこ作りの渋み抜きの工程です。豆を煮て、煮汁を捨て、新しい水でまた煮るという作業を最大4回ほど繰り返します。甘みをつける前に行い、豆の皮の渋みを取り除きますが、多くやりすぎると豆本来の色や風味も失われます。

饅頭を考案したのは誰とされていますか?

林浄因(日本名:林淨因)です。1349年、禅僧・夢窓疎石とともに奈良へ渡った中国人で、中国式の蒸し饅頭のレシピを持ち込み、仏教の戒律で肉を使えなかったため、甘葛と塩を加えた小豆餡に置き換えました。奈良の漢国神社では今も彼を讃える饅頭祭りが開かれています。

日本の祝い事で小豆が使われる理由は?

日本では伝統的に赤い色が縁起の良さ・厄除けと結びつけられてきたためです。小豆で炊いた赤飯は、出産・結婚式・正月といった祝いの場で食べられる塩味の料理で、甘い和菓子のあんことは対照的ですが、小豆の色と幸運を結びつける同じ考え方に根ざしています。

まとめ

あんこは和菓子でもっとも使われる材料ですが、鎌倉時代に中国から伝わった ときは、肉の代わりに小豆を使った塩味の詰め物でした。甘い餡が標準になった のは、江戸時代に国内の砂糖生産が広がってからです。あんこ作りは、渋切りという 渋み抜きの工程から始まり、そのあとで甘みをつけ、豆を漉すか残すかで こしあん・つぶあんに分かれます。1349年の林浄因による饅頭の考案は、肉から 小豆への置き換えを示す具体的な記録として、奈良で今も毎年の饅頭祭りを 通じて記憶され続けています。