京菓子の老舗探訪|亀屋清永と鍵善良房の系譜を徹底解説する
和菓子 は、京都では「京菓子」という 独自の地域名を帯びます。京都が正式な免許制度と皇室とのつながり によって洗練された評価を築いた経緯はすでに扱いましたが、その評価が実際に どんな店・どんな菓子を生み出したかは、それ自体が語る価値のある別の物語に なります。
たった1軒に残る菓子
京菓子のもっとも古い系譜は、和菓子の起源そのものに直接つながっています。 和菓子の最古の形とされる 唐菓子 (詳しくは 和菓子の歴史とは何かで扱っている)は、 奈良時代に唐から伝わった揚げ菓子です。祇園にある1617年創業の京都の菓子屋、 亀屋清永は、今も この系譜を受け継ぐ菓子を作り続けています。米粉を練った小さな団子に、 7種の香を練り込んだ小豆餡を詰め、ごま油で揚げた「清浄歓喜団」で、日本 最古の現存するレシピとして広く認められており、亀屋清永はこれを作る国内 唯一の店になります。
1軒、1つの看板商品
歴史ある京菓子の作り手のすべてが、幅広い商品構成で評価を築いたわけでは ありません。江戸中期の1726年頃に創業した鍵善良房は、ほぼ1つの専門商品だけで 知られています。それが「くず切り」です。くず粉を溶かして蒸し、冷やしてから 切り分け、黒蜜をかけて冷たいまま提供する麺状の菓子になります。この店は 今も、くず粉を奈良県宇陀の特定の仕入れ先から、砂糖を沖縄県の離島・ 波照間から取り寄せており、どちらも代わり映えのしない原料としてではなく、 名指しする価値のある素材として扱っています。300年続く商売が、幅広く 展開するのではなく1つの品にこだわり続けるというあり方は、多くの現代の 飲食店であればリスクと見なすであろう、一種の専門特化そのものになります。
京菓子の彫刻的な見た目を支える技法
京菓子のもっとも知られた見た目、花や葉、季節の情景を模した手作りの菓子は、 日本のどこよりも京都に強く結びついた特定の技法、 こなし によって支えられています。 こなしは白餡に小麦粉を混ぜて蒸し、小麦粉のグルテンを働かせることで、 関東に結びつけられる代替技法・練りきり(白餡にもち米を練り込む)よりも 弾力があり、しなやかな生地を作ります。実際には、この弾力のある生地こそが、 京都の菓子職人が細やかな季節の意匠を手で彫り込むことを可能にしており、 季節の移ろいに合わせて絶えず作り替えられています。こなし・練りきりが 属する「練りもの」という製法区分については 和菓子の8つの製法分類とはで 詳しく扱っています。
よくある質問
「京菓子」とはどういう意味ですか?
文字どおり「京都の菓子」の意味で、京都で作られる和菓子の地域名になります。皇室の所在地としての何世紀もの歴史と、江戸時代の正式な免許制度によって形作られました。
日本最古の現存する菓子のレシピは?
清浄歓喜団です。香を練り込んだ小豆餡を米粉の生地で包み、ごま油で揚げた菓子で、和菓子の起源である唐菓子の系譜にあたります。1617年創業の京都・祇園の亀屋清永が、今も作り続ける国内唯一の店になります。
鍵善良房は何で知られていますか?
くず切りです。くず粉から作る麺状の菓子で、冷やして黒蜜をかけて食べます。1726年頃の創業以来、幅広い商品構成ではなく、ほぼこの1品だけで評価を築いてきた祇園の店です。
京菓子の手作りの意匠を他の和菓子と違うものにしているのは?
多くは「こなし」という技法によります。白餡に小麦粉を混ぜて蒸し、小麦粉のグルテンを働かせることで、関東に結びつく練りきり(もち米ベース)よりも弾力のある生地になり、細やかな季節の彫刻を手で仕上げやすくなります。
まとめ
京菓子は、京都で発展した独自の和菓子の系譜です。亀屋清永は日本最古とされる レシピ・清浄歓喜団を国内唯一守り続け、鍵善良房はくず切りという1つの品に 300年近くこだわり続けてきました。その彫刻的な見た目を支えるのは「こなし」と いう、京都・関西で特に発展した技法で、季節ごとに姿を変える手作りの意匠を 可能にしています。