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和菓子の歴史とは何か|唐菓子から砂糖の時代を徹底解説する

和菓子歴史基礎知識

和菓子 の物語は、この言葉自体が 生まれるよりずっと前から始まっており、しかも甘いものから始まったわけでは ありません。始まりは、神仏に捧げるための、揚げた輸入品でした。

和菓子という言葉がなかった時代:唐菓子

奈良時代(710〜794年)、日本はおよそ20年に1度、遣唐使という外交使節を 唐へ送っており、その使節が持ち帰ったものの中に 唐菓子 (からがし、「唐の菓子」 の意)がありました。米・小麦・大豆・小豆の粉を練り、味噌で甘みをつけ、油で 揚げて作られたこの菓子は、今日の和菓子の多くが煮る・蒸すという製法を 取るのとは根本的に違います。唐菓子はもとから日常のおやつではなく、神社・ 寺院への供物として使われ、のちの平安時代になってようやく貴族の宴の場にも 登場するようになりました。唐菓子は歴史の本の中だけの存在ではなく、今も1軒の 菓子屋がこの系譜を受け継ぐ菓子を作り続けている(詳しくは 京菓子の老舗探訪で扱っています)。

平安・鎌倉時代:文学と禅

平安時代までには、輸入品と並んで日本独自の菓子も登場していました。もっとも 有名なのが椿餅で、和菓子として記録に残る最古の形とされます。数世紀後の 鎌倉時代には、中国へ渡った禅僧が、ある中国の惣菜料理を作り替えたことで あんこ が生まれた(詳しい経緯は あんことは何かで扱っています)。仏教の戒律のもと、 肉の代わりに小豆を用いたのがきっかけで、当初は甘くせず塩味で仕上げられて いました。文学的な流れと宗教的な流れの両方が、和菓子が本当に甘い菓子になる 材料が広く手に入るようになるまで、何世紀にもわたって和菓子の発展を 支え続けました。

江戸時代の砂糖ブーム

薩摩藩は、1610年頃から奄美大島でのサトウキビ栽培を掌握し、江戸時代を 通じて日本の主要な砂糖供給地であり続けましたが、その生産には実際の人的犠牲も 伴いました。1820〜30年代には、薩摩藩の役人が奄美の島民に、水田をサトウキビ 畑へ転換するよう強制しました。これとは別に、和菓子の質そのものにより直接 結びつく動きとして、讃岐(現在の四国)の高松藩主・松平頼恭の命による サトウキビ栽培の研究と、多くの職人による試行錯誤の末に、 和三盆 という独自の砂糖が 生まれました。博物学者・発明家として知られる平賀源内も、自著『物類品隲』 (1763年)で製糖法を紹介するなど、この過程に一役買ったとされます。 「研ぎ」と呼ばれる工程では、砕いた粗糖を水を加えながら手でこね、木箱に 入れて押し、糖蜜を搾り出す作業を3〜5回繰り返すことで、極めてきめ細かく、 すっと溶ける 粒子を作り出します。今も高級和菓子の砂糖として選ばれ続けている(和三盆を 使う代表的な菓子については落雁とは何かで 扱っています)。

和三盆を使った菓子の例として、香川(讃岐)の和三盆の干菓子があります。

ばいこう堂 さぬき和三盆 百景(1箱13粒)

ばいこう堂 さぬき和三盆 百景(1箱13粒)

980円 (確認日 2026年10月8日)

送料無料 (楽天市場)

  • さぬき和三盆を仕上げた落雁タイプの干菓子で、1箱に13粒入っています
  • ブランド名はばいこう堂で、原産国は日本と記載されています

よくある質問

和菓子の最古の形は?

唐菓子です。奈良時代に遣唐使が唐から持ち帰った揚げ菓子で、もとは神社・寺院への供物として使われ、日常のおやつではありませんでした。「和菓子」という言葉自体が生まれるより千年以上前にさかのぼります。

初期の和菓子は揚げていましたか?それとも煮ていましたか?

最古の形である唐菓子は油で揚げて作られており、煮たり蒸したりして作ることが多い今日の和菓子の大半とは根本的に違います。

日本で砂糖が広く普及したのはいつですか?

18世紀に入ってからです。将軍・徳川吉宗が18世紀初頭、貿易赤字を減らすために国内での砂糖生産を奨励し、1800年までには日本は輸入量を上回る砂糖を生産するようになりました。

和三盆とは?

讃岐(現在の四国)で、藩主の命による研究と職人の試行錯誤を経て生まれた、手作業で仕上げる高級砂糖です。博物学者・平賀源内も製糖法の紹介を通じて一役買ったとされます。今も高級和菓子の砂糖として選ばれ続けています。

江戸時代の砂糖生産には難しい歴史もありましたか?

ありました。薩摩藩は江戸時代を通じて奄美大島でのサトウキビ栽培を掌握しており、1820〜30年代には薩摩藩の役人が奄美の島民に水田をサトウキビ畑へ転換するよう強制しました。

まとめ

和菓子の歴史は、奈良時代に唐から伝わった揚げ菓子・唐菓子から始まり、 もとは神仏への供物でした。椿餅のような日本独自の菓子や、鎌倉時代に 禅僧が持ち帰った塩味のあんこを経て、江戸時代に将軍・徳川吉宗が国内での 砂糖生産を奨励したことで、ようやく甘い和菓子が広く普及するようになりました。 讃岐で藩主の命による研究と試行錯誤の末に生まれた和三盆は、この経済的な 転換の直接の遺産として、今も高級和菓子の砂糖であり続けています。